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山口地方裁判所徳山支部 昭和51年(ワ)83号 判決 1978年7月04日

原告

波多野雅

ほか一名

被告

原学

ほか一名

主文

一  被告原武および被告原ミサエは各自原告波多野雅に対し金三、七八三、二四四円および内金三、五三三、二四四円に対する昭和五〇年七月一五日以降完済まで年五分の割合による金員を、原告小林悦子に対し金三、五三三、四八四円および内金三、二八三、四八四円に対する右同日以降完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告原学に対する請求ならびに被告原武および被告原ミサエに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告原武および被告原ミサエの間においてはこれを二分し、その一を原告らの、その余を右各被告らの負担とし、原告らと被告原学の間においては全部原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  被告原武、被告原ミサエおよび被告原学は各自原告波多野雅に対して金七、〇七三、七〇九円および内金六、五七三、七〇九円に対する昭和五〇年七月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員、原告小林悦子に対して、金六、八二三、九四九円および内金六、三二三、九四九円に対する昭和五〇年七月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

被告学は昭和五〇年七月一四日、徳山市大字夜市上伊賀の幅員約五・二メートルの市道において、自転車を操縦し走行中、歩行していた波多野カズノに衝突し同人を路上に転倒せしめて脳内出血、左半身麻痺、頭部外傷によるコルサコフ症候群の精神障碍等、身体障害者等級表による一級の重傷を与え、右傷害に因り、昭和五二年二月五日死亡するに到らしめた。

2  身分関係

(一) 被害者カズノには配偶者がなく、同人の子である原告両名がそれぞれ二分の一の相続分によりカズノの遺産を相続した。

(二) 被告学は昭和三九年五月二日出生し、本件事故当時一一歳一月の未成年者であり、被告原武および同原ミサエは夫婦であつて被告学の親であつたから、同被告につき共同の親権者であつた。

3  事故の態様

被告学は本件市道を北方より南方に向けて自転車を走行せしめており、前方を歩行中のカズノに衝突しないように注意すべき法律上の義務があるのに、漫然と何らの注意も払わなかつたため、自車を同人に激突せしめて負傷させた。

4  被告らの帰責事由

被告学は直接の不法行為者であるから、民法第七〇九条による責任がある。被告武、被告ミサエ両名は、被告学の法定の親権者であるからこれを監督すべき法定の義務があり、かつ被告学がカズノに衝突せしめた自転車は、被告武が被告学のために買求めてやつたものであるので被告学が自転車を運転するにつき、その操縦を誤まり他に損害を加えることを予見し、損害の発生を未然に防止するため、道路における走行を止めるか、走行する場合は十分なる注意をさせる等の監護義務があるのにかかわらず、右監護義務に違反したことに因つて、被告学において本件事故を起こしたものであるから、これと学の不法行為によつて生じた結果との間に、相当因果関係を認め得るので、監督義務者につき民法第七〇九条に基づく不法行為が成立する(昭和四九年三月二二日最高裁第二小法廷判決)。仮りに右主張が認められず、かつ被告学に不法行為の責任能力がなかつたとしても、被告武および同ミサエは民法第七一四条第一項により、被告学がカズノと原告等に与えた損害につき賠償する義務を負う。

5  損害

カズノは明治四一年三月五日生で健康であり、長男の原告波多野が徳山生コンクリート株式会社の社員として同社大阪工場に勤務し、妻子とともに大阪市に居住していたので、同原告所有名義の田畑八筆合計六、二八八平方メートルの耕地を耕作し、農繁期には手伝いを雇つていたが、自分で農業労働に従事していたものである。本件事故に因り、昭和五〇年七月一四日から死亡にいたるまで、徳山記念病院、山口県立中央病院および徳山病院において入院治療をうけ、入院中は医師の指示による附添看護を要した。

(一) 治療費 金七九三、二四四円

(二) 附添看護費(食事および紹介手数料を含む) 金二、七七四、二五四円

(三) 逸失利益 金三、〇八〇、四〇〇円

カズノは事故当時六七歳であり、余命は一三、一二年、就労可能年数は六年である。事故当時から死亡にいたるまで、就労し得なかつた。同人は前記のように農耕に従事していたので最低に見積つても年間の収入は金一二〇万円は下らず、生活費五〇パーセントを控除して、年間の純収入は金六〇万円を下らないので、年間の純所得を金六〇万円とし、事故当時を始期とし、新ホフマン係数五・一三四を乗ずると金三、〇八〇、四〇〇円の逸失利益となる。

(四) 慰藉料 金六、〇〇〇、〇〇〇円

(五) 右合計金 一二、六四七、八九八円

これを原告両名が二分の一づつ金六、三二三、九四九円を相続した。

(六) 原告波多野の葬式費用支出 金二四九、七六〇円

(七) 弁護士報酬 原告等各自金五〇万円

本件事故につき、カズノは被告原武、被告原ミサエ両名に対して、徳山簡易裁判所に損害賠償の調停を申立てたが、不調に終つたので、訴訟を弁護士に依頼せざるを得ず、原告等はそれぞれ金五〇万円の報酬を支払う約定をした。

6  よつて被告原学、被告原武および被告原ミサエは各自、原告波多野に対して金七、〇七三、七〇九円および内金六、五七三、七〇九円に対する事故の翌日である昭和五〇年七月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員、原告小林に対して金六、八二三、九四九円および内金六、三二三、九四九円に対する事故の翌日である昭和五〇年七月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払わねばならぬ。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項および同第2項(二)の事実を認め、同項(一)の事実は知らない。

2  同第3項の事実を否認する。カズノが歩行につき注意を怠つたため本件事故が発生したものである。

3  同第4項の主張を争う。被告学は本件事故当時責任能力を有していなかつた。また被告武および同ミサエは親権者として被告学が自転車に乗るにあたつては、適当な監視、その他相当の注意を払つていたから、監督義務を怠つてはいない。

4  同第5項、第6項の各主張を争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因第1項および第2項の(二)の各事実は当事者間に争いがない。成立につき争いのない甲第二号証、訴訟承継前の証人波多野雅の証言および弁論の全趣旨(昭和五二年五月七日付原告ら訴訟代理人作成の訴訟手続承継申立書に添付の昭和三八年二月二六日に削除された戸籍の謄本)によれば、同項(一)の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二  事故の態様と被告学の行為の違法性について

成立につき争いのない甲第一〇号証の一、二、および証人田中恵富の証言によれば、事故直前に本件事故現場付近の市道の西側部分に佇立していたカズノと市道西端の外にいた田中恵富とがあいさつを交わしたこと、田中がカズノから目を離した後(時間は不明であるが、後記のようにカズノの倒れた位置からしてせいぜいのところほんの数秒)して、「どん」という音がして、さきにカズノが佇立していた地点から二ないし三メートル前後南東の地点にカズノと被告学が倒れ、被告学運転の自転車も倒れていたことが認められる。次に、前記甲第一〇号証の二および証人国沢吉三郎の証言によれば、国沢は事故前に市道を南から北へ進行中、事故に遭う前のカズノを約一〇〇メートル前方にみたこと、市道は事故現場から更に北方が西側にカーブしており、道路西側に田中恵富の居宅があるため、前記国沢の位置からみた場合本件事故付近より前方の視界が遮られること、国沢は本件現場から約一〇〇メートル手前でカズノをみたときから本件事故後本件事故現場付近に着くまでの間、前方に被告学を発見していないことの各事実が認められる。

右に認定した事実より(一) カズノは田中とあいさつを交わした後、道路西側を南方に進行したこと、(二) 被告学は道路を北方より南方に進行したこと、(三) 両者が衝突したことの各事実を推認しうるが、その余の詳細な事故の態様、すなわち、両者の進行する速度と位置(蛇行の有無も含めて)、自転車とカズノが衝突した各部位については、これを認定するに足りる証拠がない。なお、被告武の本人尋問の結果によれば、同被告は事故後被告学から被告学が市道左側を自転車に乗つて走行していたがカズノも道路左側にいたので、ハンドルを右に切つて避けたから、カズノには衝突しなかつた旨を聞いたと供述するが、右のうち衝突しなかつたとの点は、カズノと被告学がともに倒れ、それぞれ相当の傷害を負つた事実より採用しえず、従つてその前の位置関係についての伝聞の信憑性は乏しいといわざるを得ない。その他前記判断を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば、被告学は道路右側を自転車で走行中、ほぼその背後からカズノに衝突したことになるから、事故の詳細な態様につき確知しえなくとも、被告学には事前にカズノを発見し、同人との衝突を回避する措置をとるべき義務があるのに、これを怠つて本件事故を惹起した過失を認めることができる。

ところで、被告学には過失がなく、カズノが歩行につき注意を怠つたため本件事故が発生した旨の被告らの主張は、仮りに被告学に過失が認められる場合においてはカズノにも過失があつたから、損害につき過失相殺をするべき旨の主張を含むものと解されるので、この点についても言及するに、本件事故の態様については証拠上前記に認定した以上の事実を認定することはできないので、つまりカズノが歩行につき被告学と衝突しないように注意すべき義務を怠つたとの事実を認められないので、カズノに相殺すべき何らかの過失があつたと推認することは困難である。

三  被告学の責任能力について

本件事故当時被告学が一一歳一ケ月であつたことは当事者間に争いがない。民法第七一二条は、未成年者が他人に損害を加えた場合は、その行為の責任を弁識するに足りる知能を備えないとき、賠償責任を免れる旨を規定する。右行為の責任を弁識するに足りる知能とは、単にその行為が道徳的に不正の行為であることを弁識する知能にとどまらず、行為が法律上の責任を生ずることを弁識する精神能力を意味すると解すべきところ、被告学の前記年齢の程度では一般に右能力を欠くというべく、他にこれと異なる判断に出ずべき特段の事情の認められない本件においては、被告学は前記行為の結果に対する責任能力はないというほかはない。

よつて、被告学は本件事故につき責任を負うことはない。

四  被告武および同ミサエの責任

前項に判断したところによれば、被告武と同ミサエは被告学の親権者であるから、同人を監督する法定の義務があり、民法第七一四条第一項により原則として被告学の不法行為により原告らに加えた損害につき賠償する義務を負担するところ、同被告らは被告学が自転車に乗るにあたつての監督義務を尽していたから同項但書により責任を負わない旨を抗弁するので、この点につき判断するに、被告武本人尋問の結果によれば、被告学は小学校二年生の頃から自転車に乗りはじめていたが、被告武と同ミサエは被告学が本件事故当時どの位の頻度でどのような交通状況の道路でどのような方法をもつて運転していたかについて明確には知らず、ただ乗車にあたつては交通ルールを守り前方や左右をよく見て走行すべきことを口頭で注意をすることはあつても、被告学の自転車運転の技術や注意能力を実際に確かめたことはないことが認められ、右事実によれば被告らが被告学の本件自転車運転につき監督義務を尽していたとはなし難く、他にこれをうかがうに足りる事実は認められない。

してみれば、被告らの主張は採用しえず、同条項に基づく責任を免れることはできない。

五  原告らが、被告学の違法行為によつて蒙つた損害

1  いずれも成立につき争いのない甲第四号証、第六号証の一ないし五、第七号証の一ないし一三、第八号証の一、二、第九号証、訴訟承継前の証人波多野雅の証言およびこれによつて真正に成立したと認められる甲第五号証の一ないし一七、第一一号証の一ないし三八、第一二号証の一ないし三〇、第一三号証の一ないし二七、第一四号証の一ないし三五によれば次の事実が認められる。すなわち

(一)  カズノは本件事故前は健康であり、一人で起居していたが、本件事故により左半身麻痺、痴呆、コルサコフ症候群の傷害を受け、徳山記念病院、山口県立中央病院、徳山病院に入院し治療を受けたが治癒することなく、昭和五二年二月五日右傷害に基因する体力の衰弱により死亡した。

(二)  カズノの右入院治療に要した費用は合計金七九三、二四四円である。

(三)  カズノが入院中付添看護を要し、原告波多野は看護人を雇つてこれにあたらせたが、その支出した賃金、食事代および紹介手数料の合計は金二、七七三、七二四円である。

2  逸失利益

いずれも成立につき争いのない甲第一六号証の一ないし八、訴訟承継前の証人波多野雅の証言および原告波多野雅本人尋問の結果によれば、本件事故当時カズノは子の原告波多野所有の田四五アールと畑約一七アールを耕作していたこと、農繁期には人を雇つたこと、田一〇アールあたり約八俵(四八〇キログラム)の米を収穫していたこと、収穫の一部を自己の消費にあて、残りを供出していたことの各事実が認められる。ところで、一〇アールあたり約八俵の米の収穫高は、山口県地方の平均的な収穫高であることは公知の事実であるところ、農林省農林経済局統計情報部編「昭和五〇年産・農産物生産費調査報告・米生産費」によれば、山口県においては、米一俵あたりの所得が平均約九、五〇〇円であることが認められる。してみるとカズノは本件事故当時田を耕作することにより、年間三四二、〇〇〇円(9,500×8×4.5)の所得を得ていたことを一応推認され、更に一七アールの畑を耕作をしていたことからもある程度の所得を得ていたことが推認されるが、他方前記認定のとおり同人は田の耕作につき農繁期には人を雇つていたことからこれの賃金支払を要するので、結局カズノの所得が、前記三四二、〇〇〇円をさほど上まわることはないとみざるを得ない。次にこれから同人の生活費を控除することとなるが、同人が生産した米の一部を自己にとどめて消費していたことを考慮しても、同人は一人で生計を維持していたことからすると、前記所得の全額を生活費にあてていたことは経験則上容易に推認されるから(ちなみに、原告らは同人の生活費を、所得を年間一二〇万円としたうえではあるが、その二分の一である金六〇万円と主張する)、結局同人には本件事故による傷害と死亡によつては得べかりし利益を喪失したことにはならない。右の結論は、カズノが本件傷害によつて稼働し得なくなつて後に、原告波多野がその所有し、カズノにおいて耕作していた田畑につき、他人を耕作せしめて収益をあげうることと、同人が入院中に用した費用のうち治療費と付添費用については、本件訴訟において前記判示のとおりカズノの損害として認容するので、入院中の諸雑費を度外視すれば、生活費としては零と考えてよいことからすると、カズノが死亡し、原告らがその財産を相続した本件訴訟においては、肯認しうるものと考えられる。

3  慰藉料

カズノは本件事故により前判示のとおりの傷害を受けこれが基因となつて死亡したのであるから、民法第七一〇条により被告武および同ミサエに対し慰藉料の請求をなすことができる。その金額は、加害行為が当時一一歳の被告学の自転車の誤操縦によること、カズノが当時六七歳の比較的高齢にあつたこと、同人と生計をともにする家族がいなかつたこと等の事情を斟酌すると金三〇〇万円をもつて相当と考える。

4  原告波多野本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したと認められる甲第一五号証によれば、原告波多野がカズノの死亡にともない同人の子として葬儀を行いその費用として金二四九、七六〇円を支出した事実が認められる。右は本件不法行為による同原告の損害と評価することができる。

5  本件記録によれば、原告両名が本件訴訟提起につき弁護士小野実を訴訟代理人に委任した事実が認められ、弁護の全趣旨によれば、それぞれ金五〇万円の報酬の支払を約したことが、推認されるが、そのうち各金二五万円は本件事故による原告らの損害と評価するのが相当である。

六  以上に判断したところによれば、原告両名は、カズノが被告武および同ミサエに対して取得した合計金六、五六六、九六八円の損害賠償請求権を同人の死亡によつてその二分の一である金三、二八三、四八四円の債権をそれぞれ相続により取得したこととなり、原告波多野は前記葬儀費用と弁護士に対する報酬の支出による損害を加えると合計金三、七八三、二四四円の債権を有することとなり、原告小林は右金額に弁護士に対する報酬支出の損害を加えて、金三、五三三、二四四円の債権を有することとなる。

七  よつて、原告らの被告学に対する請求はいずれも理由がないので失当として棄却し、被告武および同ミサエに対する請求のうち、原告波多野の請求は金三、七八三、二四四円および内金三、五三三、二四四円に対する本件不法行為後である昭和五〇年七月一五日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるから正当としてこれを認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、原告小林の請求は金三、五三三、四八四円および内金三、二八三、四八四円に対する本件不法行為後である昭和五〇年七月一五日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるから正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本順市)

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